けれども、江戸名物の元禄退屈男は、浪速名物の元禄ヒョウ柄女ととてもお似合いです

けれども、江戸名物の元禄退屈男は、一向それを知らぬげに、奥の一間へ陣取って、ためつすかしつ眺めながら、しきりにすいすいと大業物(おおわざもの)へ油を引いていたのも、世は腹の立つ程泰平と言いながら、さすが直参お旗本のよき手嗜(てだしな)みです。


しかもそれが新刀は新刀でしたが、どうやら平安城流(へいあんじょうりゅう)を引いたらしい大変(おおのた)れ物で、荒沸(あらに)え、匂い、乱れの工合、先ず近江守か、相模守あたりの作刀らしい業物でしたから、時刻は今短檠(たんけい)に灯が這入ったばかりの夕景とは言い条、いわゆるこれが良剣よく人をして殺意を起こさしむと言う、あの剣相の誘惑だったに違いない。


――ほのめく短檠の灯りの下で、手入れを終った刀身をじいっと見詰めているうちに、じり、じりと誘惑をうけたものか、ぶるッと一つ身をふるわして、呟くごとくに吐き出しました。


「血を吸わしてやりとうなったな――」


 だが、そのとき、殺気を和(なご)めるようにぽっかりと光芒(こうぼう)爽(さや)けく昇天したものは、このわたりの水の深川本所屋敷町には情景ふさわしい、十六夜(いざよい)の春月でした。